vock / monolabo

開拓 ポンボルダー  動画

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

トマムの森の中で

メガネが曇る。

開拓です!!

春先に見つけておいたボルダーを掃除しに行ってきた。

ここぞとばかりに木工研磨で鍛えたスクラッチ筋を使ってゴシュリゴシュリと苔を剥がすこと二時間半。

苔だらけだった岩もこの通り。

ご満悦。

そして登る。

何本かラインを引けました。

ポンボルダーと命名。アイヌ語で「小さな」という意味です。岩があった場所に由来しています。

課題名「Nita」は大仁田厚から取ったようだけど由来はまったく違います。

課題名「Great Nita」は大仁田厚から取ったようだけどシットスタートのなのでたまたまGreatがつきました。大仁田厚はまったくの無関係です。ていうか、大仁田厚のGreat Nita知ってるか?みんな。

課題名「化石のカタツムリ」は岩に化石みたいなカタツムリがいたからです。

課題目「PON」は一手目がポンと出すからです。アイヌ語ではありません。

課題名「鵡川」は背後に鵡川が流れてたからです。

他にも課題出来たけどビデオ回すの忘れてたからなしよ。

また近々周辺を散策してボルダーを探してみる予定。あるかな? height=

鹿角ジブスホールド

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

鹿角クライミングホールド、作ってみた。

どうしたって

細長ホールドです。

せっかくなのであんまりシェイプしておりません。だって鹿角だってわかんなくなったら面白からずなので。多少はシェイプしてあるけどもね。

ちなみに鹿の角は毎年生え変わるんだってよ。

もう少し試行錯誤しながら作り溜めてみようと思います。

今日はムスビと神社まで花見に行きました。

花の写真、無いのだけど。

傷口に

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

今これ見た。

引用元:院長の独り言

わかりやすくていいと思いますよ。是非とも視聴下さい。

テレビを見る時間を削れば90分などなんのなんのですよ。

もうすぐ北九州市でも震災瓦礫の焼却実験もあるし、北海道の苫小牧市ではがれき受け入れ決めたみたいだ。(苫小牧市は燃やさないで合板にするらしいけど。噂ではそれを行うのは市長様の関連会社だとか)

事態は現在進行形であります。

面倒くさいけど、嫌だけど、辛いけど、ストレスだけど既に関わってることとも思います。昨年に日本の原発が大爆発したことを知らないというわけでなければ刮目して下さいませ。この事故は大きな傷を作った。

テレビなんか見てるともうかなり過去の事のようだけど、チェルノブイリ原発事故ですら目下進行形。日本では収束宣言済み進行形。

原発事故関連の事を書くと酷い奴だと言わんばかりのコメントをいただけます。普段は僅かしかコメントないんだけどね。そうなのよ、原発関連の危険性を話題にするとこの国では酷い奴扱いなの。傷口に塩塗る奴だってよ。あわや非国民だよ。ひえ〜。

でも話題として埋没させる事と、現実問題は違うからね。話題として埋没しても現実は隆起してくるし、データとして消去しても現実の苦しみは消えない。

傷口は染みんだよ。もう開いちゃったんだから。

なのに傷口の手当てはしないわ、更に開こうとするわ、金儲けしようと画策するわ・・・シッチャカメッチャカやってますね。

どうぞ主たるメディアに踊らされないようにこの動画をセカンドオピニオン的に見てみてはどうでしょうか?

で、なにかしら気づいたら酷い奴だと言われようが主張していこう。命を尊べないすげー酷い連中がいるんだって事をさ。

だって薄々気づいてるでしょ。・・・いや、ホントは知ってるでしょ。

そこからやっとあらゆる意味での治療が始まるのではないでしょうか。

〈VOCKブログ内の原発関連〉
福島原発事故について
愛のない世界からの脱却へ

鹿角クライミングホールド

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

雪解けで濁っていた川が澄んできた。

赤岩青巖峡に通ってます。

天国列車のvinさん。

僕はその隣りのニニウ君。

奴郎は見あげるのが辛くて

仰向けに!?

北海道でも遅ればせながらクライミングシーズン突入です。

その北海道では野良猫よりも高い頻度でウロウロしているのがエゾ鹿。今日は6匹くらい見たよ。

その資源の豊富さに気が付きまして・・・

鹿の角でクライミングホールド作ってみた!!世界初じゃない?知らないけど。

とりあえずどんころウォールにつけてみた。

せっかくだからハリボテも作ってつけてみた。

子供に登らせてみた。指を弾くよ、このホールドは。悪りぃ〜。

今度作ってラインナップに加えてみようかと思います。売れるようなら角の仕入先を探さねばならぬね。

カンザシとタイダイTシャツアップロード

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

新商品アップロードしました。

この度は友人にモデルさんを頼みました。

全画像はコチラからご覧になれます。

また、この度は専務が頑張りタイダイTシャツを作りました。

捻って巻いて染料チューです。

Tシャツの生地には生成りのオーガニックコットンTシャツを使い、染料はECO染料。

オーガニックコットン:コットンは病害虫に弱い植物。世界の耕作地の2.5%でコットンが栽培され、世界で使われる農薬の総量の10%、殺虫剤の25%がコットン栽培のために使われます。Tシャツ一枚あたり農薬が150グラム使われているといいます。
オーガニックコットンは手間暇をかけ有機栽培で作られた環境に人体に優しい生地です。

ECO染料:ECO染料は人体への影響(肌荒れや湿疹・かぶれなど)がなく、有害化学指定物質を含まない、 国内外の法規制に沿った新しい染料です。

全画像はコチラからご覧になれます。

放射能とクライミング

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

原発事故を境にこの日本には野放しの放射線管理区域が出来てしまった。何度も話題にしているが原発事故以前、0.6μシーベルト/h以上の放射線量がある場所は放射線管理区域に指定され、専門家だけが防護を整えた上で入ることを許された。そして放射線管理区域から自由に物を持ち出すことは出来なかった。

それほどデリケートな扱いだったのが、原発事故を境に放射線管理放棄と相成った。

多くの岩場で放射線管理区域相当でありながら放射線不管理区と化し、誰でも無防備に除染の義務もなく自由に出入りが出来るようになった。

多くのクライマーはそれを自己責任と呼んだ。

何故、放射線管理区域というものがあったのだろうか?それはひとえに放射性物質を拡散させない為であると思われる。

これだけ多くの放射性物質が拡散してしまった今さら放射性物質拡散防止の努力など焼け石に水なのだろうか・・・。

あるクライミングジムのオーナーが多くのクライマーが放射線管理区域相当である岩場に足繁く通うのでジムの方針として汚染された岩場に行かれる人へ向け、岩場で使うギアとジムで使うギアを分けるか洗ってからの使用にして欲しいと頼んだ。

女性や子供も遊びに来る場所として想定される不要な被曝からお客さんを守るのが目的だ。

自己責任で放射性管理区相当に遊びに行くのは止めないが、自己責任の範疇からはみ出す分に関しては客商売として目を瞑らない。このご時世にこれが言えたのはとても立派だと思う。

しかし思惑とは裏腹な感情論を主体とした非難が集まったという。

原発事故前であれば、放射線管理区域にクライミングに行って除染もせずに帰って来ればクライマー当人が糾弾されただろう。

しかし原発事故後では放射線管理区域相当の場所にクライミングに行って除染もせずに帰って来るクライマーを注意すると注意した人が糾弾されるようになったようである。

僕の友人はこう言っていたよ。

「放射線量が高い場所でボルダリングマットをほろっても意味ないから放射線量が低い場所まで行ってからほろうようにしている」

考え方の基本が倒錯してしまったようである。

想像力を巡らせてみよ。

一年ちょっと前に原発事故が起こりました。

大量の放射性物質が放出され、今もなお続いている。しかしここのところ空間線量は下がりつつあるようだ。

なぜか?

おそらく空間に漂う放射し物質が減ったからだろう。

では、その放射性物質はどこへ?

地面だろう。

では地面の放射性物質はどうなっているか?。

地面では土に染み込んだり。降った雨や流れる水の作用によって凹凸の凹部へと放射性物質が集まっているだろう。地面では局所な濃縮が続いていると思われる。

踏まえて岩にも付着してただろう放射性物質はどこへ集まったのだろうか?

雨に流された場合、岩の取り付き付近に集約されてはいないだろうか?それはボルダリングマットを引く場所では?

そうであったとしてその地面にマットをひいたらどうなるだろう?

マットに放射性物質が付着するだろう。

飛び降りを繰り返す度にそれはマットの奥深へと浸透するかもしれない。

そして飛び降りを繰り返す度に衝撃で放射性物質が舞い上がり吸い込んではいないだろうか?

帰宅、車にマットを積み込めば車の中に放射性物質が付着しないだろうか?車内の汚染は大丈夫だろうか?

汚染マットになってしまったとして、それを別の機会に知らぬ人が使ったとしても自己責任なのだろうか?

何人の人が汚染マットを通じて岩場に留められていた放射性物質と関わるのだろうか?

こうやって想像を巡らせる事を想定といっていいかな。

非情に響くかもしれないけれどそれほどシビアな問題なのではないかと考えている。

「不安を煽るな」と無知でいるより、不安になってでも想定材料を集め無くてはならないと考えている。

短い時間に強い放射線浴びるのと慢性的に弱い放射線を浴び続けるのとどっちが細胞に影響を与えるか?

後者との説あり。(参考:内部被曝−ペトカウ効果と遺伝疾患)内部被曝なら慢性的な被曝だね。

プルトニウムなど不溶性放射性物質をを経口で内蔵に取り込むのと呼気として肺に吸い込むのでは排出されにくいのは・・・呼気として吸い込む場合だそうだ。肺は新陳代謝による体外への排出が殆どないとのこと。

辿りつけない絶対的事実より想定材料を集めなければならないのではないか。

そしてなにより内部被曝と外部被曝を分けないと始まらない。外部線量だけで語られる事が多いけれど、外部線量だけ注意すればいいのであれば極端に言えば原発作業員はマスクする必要ないでしょ。岩場に行って外部線量だけ測って安全か危険かを判断するのは早合点で、そこに物質として放射線が存在し、吸い込んでしまう点、運んでしまう点も考慮する必要があるのではないだろうか?そこまで考えての責任ではないだろうか?

クライミングは危険なスポーツだ。だから危機管理をする。それは自己を守るためであり、人に迷惑をかけないためでもある。その為の技術体系がある。

放射性物質も危険だ。だから危機管理をする。それは自己を守るためであり、人に迷惑をかけないためでもある。・・・それが現在たいへん曖昧な状態にある。管理体系がめちゃくちゃになってしまったわけだ。

なんでこんなんなってしまったのか・・・日本は資本主義で民主主義である事を踏まえ世の中を見渡してみよ。

資本主義。これは儲かりゃいい主義だ。儲かったものが力を得る。そして儲からないことはやらない。損する事はもっとやらない。だから放射能が害であっちゃ困るんだよ。矛盾だって資本主義にかかりゃ正義だよ。だって儲かりゃいいんだから。原発早く再起動してー。

民主主義。民が主である。僕らが考え行動すれば僕らが生活を変えられるんだ。

しかーし、そんなことになっちゃ困る資本主義で力を得た権力者。民が主権を主張しないよう考えを巡らせないようあの手この手である特定の情報漬けにする。そして無批判な民を擁護する。それを愛国心であると賛美するだろう。だけどそりゃ愛国心じゃなくて信仰に近い。思考というフィルターを介させずに意思を届けることを洗脳というのですよ。

原発事故は現在のような変遷を経ているのはざっくりこの様な構造によるものではないかと思うんだ。

まやかしの主である民は被曝して、声を上げても同じ民に糾弾、もしくは無視されるよ。理屈を感情論が覆い尽くし、人々は美談を求め悲劇を忌避する。美談は悲劇のヒーロー、ヒロインを生んでヒーロー、ヒロインは大変攻撃的である。そしてついには痛みを分かち合う被曝という正義までが生まれてしまう。

しかしね、生命として原発事故由来の放射性物質による内部被曝は出来るだけしない方がいいと思うよ。

生命を尊重するならば原発事故由来の放射性物質による内部被曝は出来るだけさせない方がいいと思うよ。

生命に立ち返って考えて下さいませ。人間として考えると正解無しよ。

どうか皆様の健康がこの原発事故によって不要に害されませんようにと願います。

今現在でも放射線管理区域相当の場所に多くの人が居を構え、不本意な被曝にさらされながら生活をしている。世の中の感心は薄れる一方で時間ばかり経過してしまった。

勇気ある発言を潰させてはならんよ。また時間だけが経過してしまうよ。そしてそれが被曝者にとってはとても残酷なことなんだよ。

〈関連〉
福島原発事故について
愛のない世界からの脱却へ

※感情論主体の抽象的誹謗は御遠慮くださいませ。その類はご自分のブログでどうぞ。

カンザシ いろいろ

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

ここのところはカンザシを作っていました。

お客さんから注文があったので、せっかくだからラインナップに加えられるくらいに作ってみようと思い最初に作ったのが

これら。以前にちょっと紹介したやつです。

両面のもの。

したら両面よりも全方向的なものがいいとご意見いただき改めて作ったのが

そしてノリノリになってしまって作ったのが

鹿角カンザシ!!

そんな感じで、晴れたら改めて撮影してアップロードしたいと思います。

んが、ここトマムはここのとこほんとあまり晴れない。寒いよ〜。

にほんブログ村 ハンドメイドブログ ハンドメイド作家へにほんブログ村ファッション(ナチュラル系) ブログランキングへ雑貨、雑貨ショップ情報 モノラボ

春の赤岩青巌峡

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

赤岩青巌峡に行って参りました。もう雪ない。やっとシーズン突入。

キタキツネ

みてた。

セミ

脱皮してた。

笑ってこらえて

ダーツの旅してた。

専務レポはコチラ/strong

にほんブログ村 ハンドメイドブログ ハンドメイド作家へにほんブログ村
ファッション(ナチュラル系) ブログランキングへ
雑貨、雑貨ショップ情報 モノラボ

疲労困憊であります

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

ここ数日、ブログを書く気力がなくて書いておりませんでした。

というのも、放射能の事で友人と色々あり非常にテンションが落ちていたのです。

さて、その友人というのはあまり放射能を気にしない派で、気にしながら暮らしてい人間は遠い存在なので感じるいる事が出来ないと述べていました。

僕はと言えばこのブログを拝見していただければ分かるように被曝しない努力を最大限に行う派ですよ。日夜放射能の勉強に事欠かない日々を送っています。

レベル7の原発事故が起こったわけだね。それは大きなマイナス要因であり、広範囲が被ったわけだ。

大きなマイナスが具体的に周囲に存在している以上今まで通りが通用しないというのが道理。

しかしながら放射性物質が見えず、あまりに曖昧な害なので今まで通りがマイナス要因を認めないという手段で強引に通用させられる。

ま、それは「ただちに健康に影響はない」だけなんだけどもさ。

んで今まで通りが加害になる可能性も孕んでいてるけど、曖昧なので容易に看過も出来ちゃう。

道理がネジ曲がって今まで通りが実現し、放射能などあまり気にしないで今を生きる事が出来る。

それを是とせずに奮闘しているわけです。だって、それ仮初なんだもん。近く破綻すると考えている。いや、もう破綻しているかもしれない。

今が良ければ良いなんつー思春期はとっくに終わっとるのですよ。みんなの未来であり、誰の行動にもひとつひとつに責任が生じる。特に放射能関連ではそれが色濃くみんなの未来に影響する可能性が高い。

なぜなら放射能は広い意味での「死」を孕んでいる。

木下黄太氏の文言を引用させて頂く。

「死ぬ人は死ぬからしょうがない」という論理まで、放射性物質の被害を認めたくない人々の言説に、立ち上がってきました。どこまでバカなのかと思うし、こういう人々は、勝手にしていただきたいと思うだけなのです。僕は、放射能によって死ぬことは極力回避したいし、同じ思いの方に話を伝えるだけなのです。

 人は死ぬ。必ず死ぬ。絶対死ぬ。それは、当然のことです。しかし、放射能が原因で死んだり、疾病になったり、死期を早める必要は全くないです。原爆にも原発にも、個人的に賛成したことがない僕には当然の結論です。電力を使ったから、被ばくすべきとまで言う人には、開いた口が塞がりません。

 こんなサルでもわかる論理さえ認識できず、こちらに「恐怖を蔓延するな」という言説は根幹から狂っていると思います。

 放射性物質による被ばくを甘く考えていると、最悪は死にます。死ななくても、疾病に苦しみます。さらに遺伝的に後の世代につながることも想定されます。放射性物質の影響がなくても、死んだり、病気になったりすることと、本質的に違います。リアルな現実です。認識して下さい。

↑クリックで引用元

リアルな現実を感じ入れなければ自らを死なす。または誰かを死なす。広い意味での死が日常に介在してる。

放射能をあまり気にしないことで「無自覚な自殺」「無自覚な無理心中」なのだと僕は思う。

それに放射能をあまり気にしないだなんて、絆だ何だという割に懸命に被曝のリスクを減らそうと努力する人間を冒涜しているのはなんだ?なにより無力で被曝感受性の強い子供達の未来を冒涜しているのはなんだ?

そんな事言うと、被曝被災者の心情を考えない差別だという方向に話を転がされんのね。違うよ。被曝のリスクを評価し被曝被災者を救わなきゃならんって考えてんだよ。

だから一生懸命放射能の勉強をしてんの。そんでさ、危険に対する評価ばかり漁ってるわけじゃないんだよ一番欲しているのは放射能は危険じゃないという確かな情報なの。でもその手の情報はどれを見ても欺瞞に満ちたものばかり。勉強すればするほどリスクとして留め置かなければならない情報ばかりが蓄積していく。

放射能を気にしないと決めた感情論ではない理屈があれば教えて欲しい。それをずっと探している。この終わらないストレスに終止符を打ちたい。

しかしながらそれが見つからない以上このストレスと付き合い被曝とは付き合わない。

大前提として大きな大きなマイナス要因が発生し、それは現実世界に留まっている。目には見えないけれど間違いなくある。

原発事故によって大きなマイナスを負ったんだよ。だけどそれを認めない人々の自己肯定の為に守りは冒涜され続ける。自己肯定の先はどこまでいっても「自己」で完結してるので誰も救わんよ。自分すら救わん。

ずーっと説得しているけど響かないもんですな。ほとほと疲れた。

その原因として僕がすごい間違いを犯している可能性がある。だとしたら申し訳ないですが親切な人、なにがどう間違ってしまったのか具体的に教えてくださいまし。感情論に偏った抽象的な誹謗はご遠慮くださいませ。

クライミング教室の下見

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

またしても大メジャーな赤岩青巌峡を差し置いてマイナーな西岩峡に来てしまった。

というのも、4月から始まったどんころ野外学校子供クライミング教室の下見なのだ。

前回のは下見の下見だったのだ。今回はクライミング教室の先生の孔介氏と来た。ちなみに僕は外部講師なのです。

お昼すぎに到着し

昨晩のカレーでランチ。本格カレーの作り方を習ったのでここの所インド式カレーばかり食っております。

んで力を蓄え

懸垂下降で掃除だー!!

すげー土埃吸った。

んで登ってみると初心者の子供でも取り付ける5.6とか5.7くらいのルートでした。(トポがないので登ってみるまで分からん)安心安心。

後は色々試登してる孔介氏。

それから試しといえば

このTシャツは近々発売予定のVOCKのTシャツの試作だよん。

色々やり過ぎて頭がおかしくなりそうになったのでTシャツ業務は専務に丸投げしたところ、こんなん作った。すごいね〜。

今回は色がちょっと薄かったとの事でもう少し濃くするようです。Tシャツの地は生成りのオーガニックコットンです。

タイダイ、かっこいいね。

全原発停止

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

原発が全停止。

電力会社は不足アピール。経済界は死活問題アピール。僕は少し安堵。

この件でnanohanaというサイトに素晴らしい文章が綴られていたので長いけどちょいと読んでみて下さいませ。

5月5日の深夜、動いていた最後の原発、北海道電力の泊原発3号機が定期点検のため止まり、ついに原発の一台も動いていない日本が出現した。

nanohanaではサイトのスタートとともに、トップページに稼働原発のカウントダウンを掲載し、全機が止まる可能性を見つめてきた。実現する可能性が大いにあると思ってはいたが、実際にそれが実現するのは大変感慨深い。
まずは、素直に稼働原発ゼロの日を喜びたい。

しかし、この原発の一台も動いていない日本は何かの努力によって生まれたものではない。それは大震災と原発の壊滅的な事故との余波であり、それが大震災と原発事故による多くの(そしてこれからも延々とつづくであろう)犠牲者の上に成り立っていることを忘れてはならないだろう。最大級の自然災害と最大級の人災の複合災害という、人類未曾有の大災厄の焼け跡に咲いた一輪の花。
この大きな犠牲の上に出現した「原発の一台も動いていない日本」という奇跡を大切にしたい。

事故の日以来、稼働原発ゼロへのカウントダウンを数えながら、私たちは多くを考え、多くを学んだ。
そして、今気がついている。原発とは私たちのライフスタイルがもたらした怪物であり、もしその再稼働を望まないならば、私たちはライフスタイルを変えてゆかなければならないだろうということに・・・

今日、大手マスコミにいくつもの再稼働を望む記事が載ったが、その多くは産業界の声としてだった。
「いら立ち募らす経済界」 「従業員の生活にしわ寄せ」 「産業界にとっては安定生産の障害」 「海外移転が加速しかねない」
原発を望んでいるのは産業界なのだ。このことはとても象徴的に思える。

私たちの消費、そしてそれを支える生産システムである産業界。このシステムは限りない欲望を作り出しながら、去年よりも今年、今年よりも来年と、毎年利益が増え続け、生産が拡大し続けることを前提に成り立つように出来上がっている。逆に言えば、毎年生産が現状維持あるいは縮小し続けると成り立たずに潰れてしまう。大変困った、未熟なシステムだ。
そして、この拡大し続ける生産を支えるエンジンとして、もてはやされてきたのが原発だ。
いわば原発は産業の華であり、また消費の華ともいえよう。

私たちが原発をなくそうと思えば、改めなけれなならないライフスタイルの筆頭は、「贅沢は素敵だ」と言われてきた、この生産と消費のシステムではないだろうか。
ちょっと見には消費、贅沢、浪費はなかなか止まらないと考えられがちだが、実は本当に止まりづらいのは生産の方だと思う。

なぜか?
私たちは「働かざるもの食うべからず」という価値観に強く呪縛されているからだ。
私たち個人がというよりも、社会全体が・・・

革新的な技術の進歩は、本来なら人々を労働や苦労から開放しそうに見える。
例えば、田畑をクワで耕していた頃と比べると、耕運機が耕してくれる今の方が農業は楽になっているはずだ。
しかし不思議なことに、現実はそうはなっていない。
生産効率が上がると、値段が安くなるからだ。同じだけの稼ぎを上げるには、生産量を増やすしかない。作業の効率が倍になる技術が出現しても、倍以上の生産をしなければならなくなるとすれば、作業は楽にはならず、逆によりきつくなる。

今の農家は、クワで畑を耕していた頃と同じ生産量ではとても食べていけない。クワの時代の何倍も何十倍も、ひょっとしたら何百倍もの生産高を強いられている。
これでは技術の進歩によって解放されるどころか、負担がどんどん増えてゆくだけだ。

もちろん農家だけではない。あらゆる産業や、生活の中でも、同じことが起きている。
新型の洗濯機の出現によって主婦は楽になるのか?
新型の洗濯機などを買える生活水準を維持するために、主婦業の片手間にアルバイトにいかないとならないとしたら、さらには夫婦共働きでないとやっていけないとしたら、何のための技術革新なのだろう?

私たちの周りの技術革新はしかし、そういう風に進行してきた。
それは決して人々を解放する方向には向かっていなかった。

つきつめると機械に仕事を取って代わられて、失業するという事態すら発生する。
各地の都市で無人の電車が走っている。運転手はもう必要ない。
さあ、運転手は究極の”楽”を手に入れたのだろうか?
もう働かなくても食べていけるのか?

もちろん、そうではない。
私たちの社会は「働かざるもの食うべからず」という価値観に縛られているのだから。

運転手は仕事から解放されたのではなく、
ただ単に食い扶持を失ったのだ。

彼はきっと、食うために何らかの新しい仕事を探さなければならないだろう。
社会にとって重要な仕事ほど、機械化、効率化が進んでいる。
それによって仕事から締め出された人たちがありつける仕事はどんなものだろう?
おそらく、少しずつ重要さを失い、だんだんに、あってもなくてもいいような仕事になってゆく。
社会にとっては、ほんとは別にやらなくてもいいのだけど、
でもそんな仕事でも無理やり作り出さないと食っていけないからね・・・
かくて、世の中にはどうでもよいような仕事、産業、商品が溢れ出すようになる。

これを消費の側から見るとどうだろう?
例えば食料はどんどん生産量が増えてくるので、
一人あたりの食べる量もそれに見合って増えないとおかしい。
当然そうなる。
結果は肥満と糖尿病とダイエットブームと食べ残しのゴミの山だ。

食料など重要な品物の生産の機械化・効率化・無人化が真っ先に進むと、
それで職を失った人々は別の仕事を求めて、だんだんどうでもいいようなものを作り始める。

そうしたどうでもいいような商品も買い手がいないと成り立たないので、
人々はどんどん、なんだかどうでもいいような物を買わされるようになる。
例えばテレビの通販とかでね・・・

なんで、そうまでして働かないといけないのでしょうね?
何かおかしいよね。

この産業界というシステムは、無限に生産量が増えて行かないと成り立たない事になってる。
だけど、もちろん無限に増えてくなんて無理だ。
地球は有限だし、資源も、エネルギーも有限なのだから・・・

私たちは大きな時代の曲がり角に来ているのだと思う。
”成長の限界”というやつだ。
私たちがこれから減らしていかなければいけないのは、
消費ではなく、
生産であり、仕事だ。

生産物はもう溢れている。
あふれに溢れている。
これ以上作り出すことには、悲鳴を上げているのだ。
工場の社員がじゃないよ、地球がだ。

原発の事故は地球がそれを教えてるのだと思う。
もう、限界が近いよって。

だから、私たちが編み出さなければいけない新しいライフスタイルは、
仕事を減らし、生産を減らす、
なんて言うか遊んで暮らすに近いものになるんじゃないだろうか?

食料など本当に必要なものは、機械がかなりの部分を働いてくれるとしたら、
人間はそれ以上あんまり余計な仕事を増やさない方が地球のためだ、よね?

これってでも、今までの経済のシステム、
働いた見返りにお金を得るというシステムとは全く相容れない。

だから、なかなか難しそうだ。
これからは遊んだ見返りにお金を得るような新しいシステムをつくらないといけない。
これが新しいライフスタイルになると思う。
難しいだろうけど、いろんなものごとを発明してきた人類だからきっとできると思うな。
たとえばベーシックインカムとかは多少これに近い経済理論だし、
もっともっと考えれば、良い知恵が浮かぶはずだ。

そして、遊んだり、踊ったり、ぶらぶらしてるとお金をくれる会社があれば、
みんな強いてまで働かなくなるんじゃないだろうか?
地球は少しは楽になるし、
私たちは、失業ではなく、解放されるのだ。

原発が次々に止まってゆくなかで、
政府や電力は、原発がないと困ったことになるよという苦し紛れのキャンペーンとして、
電力が不足するというデマを煽った。
そのデマにおどらされ、脅されながらも
私たちは”節電”というあたらいい習慣を身につけた。

しかしこれは単なる我慢では無い、なかなかすばらしい経験だった。
部屋の明かりを2割ぐらい暗くしても不自由もないことを知った。
電気料が安くなるのもうれしかったし、
別に見たくもないのにだらだらつけてたテレビを止めたら、
会話も増え、食事も楽しくなった。
友達は会社の冷房がゆるくなって冷え性の自分には良かったといってた。
我慢したことよりも豊かになったことの方に喜びを感じてる自分がいた。

”節電”はいろいろな発見があった。
電気の消費を減らすことは、
必ずしも我慢だけではないという、この発見は大きい。
豊かさや、解放がどこにあるのか少しだけ見えた気がする。

来るべき新しいライフスタイルは、
決して贅沢をあきらめることであったり、
買いたい物を我慢するようなネガティブなものではないと思う。

むしろ私たちは、無駄な仕事や消費をさせられ消耗しているのだと気づけば、
それらを減らすことは、自分の豊かさを取り戻すことであり、解放なのだとわかる。

せっかく全部止まった原発だ。
これはどう考えても神様のプレゼントだと思う。
大事にしよう。
再稼働はしてほしくない。

そのために、
私たちは自分を解放するという新しいライフスタイルに挑戦してゆくことになるだろう。
その先に待っている世界を思うと、なんだかどきどきする。

無駄な電気を止めたように、
無駄な労働をやめて、人々が踊っている社会が実現したとき
原発は過去の遺物となっていることだろう。

夢を見る力が現実を変えてゆく。
私たちは今、新しいライフスタイルの入口に立っている。

人々が幸せになる方向に進まなければ進歩でも進化でもないと思うんだ。ふんとに。

だって誰しも幸せになるべく努力してんだから。

でもよ、こうして原発が全停止しても経済が中心に物事が語られてんだ。人々の幸せのための社会があり、それを支えるための経済ではなく、経済がありきで人々の幸せが形成されると倒錯してしまったんだ。

いや、もっと言うとそのように見せかけれれている。するとね、僅かな既得権益者に富が集まるようになるんだよね〜。

かくして文明が発達し、様々な発明が成され人々が豊かになるはずが、豊かさを消費するばかりで多くの人々へ豊かさが分配されずにどこかに極端に肥え太る輩がいるっつーわけだ。

大きな力を手に入れれば傲慢さが肥大するよ。そして傲慢さが肥大すれば考える力は奪われる。

万能感のある馬鹿なんてのはもっとも危ねー部類よ。ほんと。

放射性廃棄物の処理が出来ないと分かっていても原発作っちゃうし、その事に困っているにも関わらず増やそうとするし、事故があったら責任の押し合いして人助けはしないし。現在またもや計画停電を餌にネガティブキャンペーン繰り広げております。

いい加減に騙されちゃ駄目。

協調性がある人が「いい人」と言われるよ。自我を殺せるほどいい人なんだ。自分で考えない人ほどいい人なんだ。んでよ、そんな価値観を創出した悪い輩はそんないい人達を操って悪事を働く。いい人は無自覚に悪に加担しました。・・・それってホントにいい人かね?

そんな都合のいい人にならんで下さいね。

自分で考えない、調べない、考察しないというのはそういう事だ。与えられたものを受け取り無自覚に知らぬ誰かの責任を背負うんだよ。そして事が問題として隆起した頃には犯人見当つかずで「仕方ない」と諦めてしまう。

嫌だね。

世論ではすっかり原発事故の影が薄くなってしまった。

福島第一原発4号機使用済み燃料プールの安定確保に関する緊急要請書

実像は依然として激濃いですよ。

この4号機が決定的な破滅を招かない未来を信じて、今まさに多くを学び取らなければならない。

※感情的な憎悪のはけ口、文句としての誹謗のコメントはご遠慮下さい。

どんころ野外学校で販売開始

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

懇意にして頂いてるNPO法人どんころ野外学校さんに一部商品を置いてもらうことになりました。

ありがたいねぇ。

かんざし

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

かんざしの注文があってとりあえず4つほど作ってみた。

縞模様は黒檀、ないのはローズウッド。

デザインは両面です。

後はお客さんに選んでもらうだなぁ〜。

最近ハリー・ポッターを観たのでついつい振りかざして

「パトローナム」

と唱えてしまう自分がおる。

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

畑やりたいな〜。

しかし畑ないな〜。

家の裏のちょっとしたとこ、野菜を植えてみようかな〜。

で、耕してみた。

すげーかてぇ。

休み休み。

いびつな畝らしきを作って色々定植してみる。

専務もやってる。

そんで枯れ草を刈ってだね

畝に被せて

後はお日様と植物の生命力に願うだけだね。あ、時々草取りしなきゃ。

振り子時計

BLOG vock from 木製クライミングホールドとアクセサリーのVOCK

壁掛け時計を頼まれたので振り子時計を作ってみました。

しかも石入り。

12時にアマゾナイト

3時にアベンチュリン

6時にフローライト

9時にネフライト

です。

石の意味的には

希望の12時

癒しの3時

記憶の6時

シャーマニックな9時

といったとこ。

振り子時計ってなんかいいよね〜。振り子に写り込んじゃったよ〜。

vock

vock

ショップ会員

FOLLOWING

FOLLOWERS

  • Thanks! 0
  • Wanna go! 0
  • Shopped! 0
  • Want! 0
  • Have! 0

STORE INFO

木製アクセサリー&雑貨ショップ VOCK

北海道勇払郡占冠村字上トマム829-11

TEL:0167-57-3022